進化の不思議

私は、8年前から自然の中で鳥や虫のさえずりや心地よい風の中で読書したいと思いバイクに乗り始め、特に用事がない限りは毎週のように景色が良い宮ケ瀬ダムの公園に通うようになりました。

本を読んでいると必ず何処からともなく虫が飛んできて本の開いたページの上にやってきます。一センチ二センチのハエかハチらしき虫や、一瞬塵かと思うほどの一ミリ程の、老眼鏡をかけて目をこらし、ようやく見える虫もいます。一センチ二センチの虫をよく見ていると、目にも止まらない速さで本の上を走り回り飛び回りやがてどこかに飛び去っていきます。その動きをよくよく観察していますと、六本の手足をすごいスピードで巧みに動かし、羽も使い飛んだり跳ねたり自由自在に動き回ります。こんなに小さな生き物がよくこれだけの動きが出来るものだと感心させられます。しかし、そのあとにやって来た一ミリ程の虫でも、さっきの十倍大きな虫とほぼ変わらない動きをしています。

果たして今の人類の技術の粋を集めても、小さくてこんな素早い巧みな動きが出来る機械を作れるのだろうかと思いを巡らせた時に、宇宙が作りだす生命という機械は、いかに奥が深く素晴らしいものかと考えさせられます。それとともに宇宙はどういう原理で意識ある生命体と言う機械を生み出しているのだろうとも考える事が良くあります。

私は、宇宙自体が意識と生命の実体であり、物質と思われている原子分子、それを構成する素粒子自体も意識と生命を生み出す性質が有ると考えています。(意識については前著にて統合情報理論を基にして書きましたのでそちらをご参照下さい。)

地球上には実に様々な生物が存在しています。皆さんが今目に出来るものだけでも大きな動物ではクジラ、象、ライオン、キリン、小さな哺乳類ではネズミ、植物、昆虫、と数えきれないほどの生物がいますし、目に見えないレベルの生き物としては、細菌類、ウイルス、ウイルスは生物の範疇に入らないというという研究者も多いですが、生態系の中で他の生物を利用して巧みに増殖してゆく姿を見れば大きな枠組みの中では生命と言えるかもしれません。

地上には多くの生物が存在し、細菌を含めて生物がいない場所を見つける事は困難です。ところが地中地下にも生命体は数多く存在し、研究によると、細菌類は地下5000メートル辺りまで存在していて、その総重量は地上の生物全てを合計した以上に多いそうです。ウイルスに至っては細菌の10倍以上の数はいると言う事です。

 

生命の材料は何処で作られたか

 

生命を構成する物質は、大枠で言えば、タンパク質を作るアミノ酸、細胞膜を作る脂質、エネルギーや細胞内の部品となる糖質(ヘキソース、リボース)遺伝物質を構成する塩基(アデニン、グアニン、シトシン、チミン)、その他一番多いのは水です。

宇宙は真空の一点からビッグバンによってうまれ、膨大なエネルギーが宇宙に放出され、宇宙の温度が下がるにしたがって、エネルギーはやがて素粒子となり素粒子は原子となり、ガス状の原子が集まり恒星となり輝き始めます。最初に出来る原子は原子番号1の最も軽い水素です。水素は、恒星の超高温と高圧の中で、核融合反応を繰り返して、だんだん分子量の大きな原子になっていきます。恒星の中で出来る元素の一番大きなものは原子番号26番の鉄までです。恒星の温度条件での核融合反応は鉄が限界と言われています。しかし地球上にある元素は原子番号118番のウンウンオクチウムまであります。これらの元素は太陽の数倍の大きさを持つ恒星が星の終わりを告げる時に超新星爆発を起こしその時の莫大な温度と圧力の中で生まれてきます。

生命を作る元素の多くは、水素、酸素、炭素、窒素、リン、カルシウム、カリウム、ナトリウム、塩素これらが大多数のものです。あとは微量ミネラルと呼ばれる元素で生体内でも僅かしか使われていないものです。これを見ると宇宙に多く存在する元素が、生命の元素として使われていることが分かります。

100年ほど前には、生命を構成する糖や脂質や遺伝子の塩基などの有機物は、生命体以外では作る事が出来ないものと考えられていました。現在では地球が出来た当時の酸素がない還元大気のなかで二酸化炭素、水素、窒素、アンモニア、メタンガスなどが落雷や放射線などの激しい環境で反応エネルギーを得る事により、容易に作られることが分かっています。宇宙に於いてもこれらの有機化合物は作られ、多量に存在している事もわかっています。

最近の研究では、生命が発生するだけの有機物の量としては、地球上での生成だけでは足りないらしく、水と多くの有機物は宇宙空間の特に汚れた氷である彗星から地球に運ばれてきたと考えられています。

 

生命はどうやって生まれたか

 

生命と水は切っても切れない関係にあり、生命の化学反応は全て細胞と言う水の中で起きる反応です。海の中では様々な有機物を巻き込んだ反応が起きていました。その中には他の分子を触媒として、同じような高分子を次から次に生み出す反応もあったと思います。その頃には細胞膜の成分である脂質なども出来ており、生命が生み出される準備は着々と進んでいたようです。脂質の膜とは洗剤で作る泡のようなものです。泡は手でつぶせば簡単に潰れるようですがこれが小さくなり千分の一ミリ程の細胞レベルの小ささになりますと簡単には潰れない強度になります。

このミセルと呼ばれる脂質の泡に、小さな穴が出来るような物質が泡の膜に有りますと、外から中にアミノ酸、塩基、糖質、その他にも様々な物質を取り込み、中では金属等が触媒の働きをして、様々な種類のタンパク質やDNA、RNA、等の高分子物質も出来てきます。このミセルが拡大しますとまるで細胞分裂のように二つに分かれていきます。しかし、この段階ではまだ生命と呼ぶには程遠いものです。次にできたミセルは自分を生み出したミセルとは成分も大きさも別物で細胞のように統一した働きはなくやがて崩壊してしまう運命に有ります。シャボン玉を膨らましているとある程度の大きさになると不安定になり二つの泡になったりするようなものです。

このような事を繰り返しているうちに、有るミセルの中ではアミノ酸の重合により多種類のタンパク質がどんどん蓄積されて、それがまた酵素触媒として働きだし、さらにさまざまな物質を生み出してきます。するとそれにより酵素タンパク質間の相互作用が始まり、生命を生み出すようなレベルの複雑な反応になった時、相転移的にミセル内の化学反応が合目的統合的に行われるようになって、初めて、単なる泡のミセルから意識を持つ生きた細胞へと進化できたのでしょう。(酵素触媒やその基質となる化学物質が数多く集まり相互作用しあって複雑化していった場合に、有るレベルを超えた時に、自己触媒系、自己維持系、自己複製系、がバランスよく働きだす事を複雑系の研究者スチュアート・カウフマンが理論的に証明しています。)

これが出来るのも、元来、宇宙も元素も生命であり、簡単ではありませんが、条件さえ整えば物質の性質として最終的に意識と生命を生み出せるように仕組まれているのだと考えられます。

我々はついつい物事を見る時に、目に見える現実で認識できる事だけで考えてしまいますが、例えば車がばらばらに分解され部品がその辺に散らばってあっても、誰かがそれを組み立てない限り元の車に戻る事はありません、これが自然の生み出す生物である細胞の場合は、一個の部品が原子分子レベルの大きさになり、この大きさになると物質は量子としての性質を持つようになり、部品一つ一つが絶えずゆらぎ絶えず運動し、まるで部品一つ一つが生命体のようにうごめいて自分と反応できる相手を探しているように見えます。このゆらぎと動きが有るからこそ条件さえ合えば自然に組みあがってゆきます。

そろばんを作る最終工程で、そろばんの球を竹軸に入れる時に、職人は球を一個一個竹軸に入れるようなことはしません。球がたくさん入った箱の中で、片側の枠を外してあるそろばんを、ただ単に箱の中で乱雑に動かすだけです。これだけでそろばんの球は一瞬でほとんど竹軸の中に納まってしまいます。千分の一ミリ程の大きさで、その内部に数億の分子を抱える細胞の中では、このような反応がものすごいスピードで起きているのです。

生命は、物質の持つ条件が整えば、生命を生み出す性質として、自然に起こる単純な化学反応が繰り返され、徐々に複雑な化学物質が蓄積されて、さらに、複雑な化学物質同士が相互作用を繰り返す中で、自己組織化と増殖性を獲得して生まれたと言えます。しかし、ここまでの複雑化に至るまでは、地球と言う自然の実験室では約8億年の化学反応の時間が必要だったと言えます。

 

生物進化はどうやって起きたか

 

45億年前に地球が誕生し、約38億年前に細菌である最初の生物が生まれ、単細胞である細菌としての生命は約30億年つづき、本当の進化と言える多細胞生物が生まれてからはまだ8億年前後です、生物が地球上に誕生して30億年余りは岩と海ばかりで、宇宙人が来たとしても地球に生物はいないと思った事でしょう、最初の生命がたった一つだったのか沢山出来たのかはわかりません。しかし現在生きている地球上の全生命体の生命を維持するための代謝は統一されていて、もしかすると最初の生命体は一つだったのかもしれません。

生命と言えるのは進化できるシステムが出来てからと言えるかもしれません。代謝だけで言えば、生命以前のミセルの中でも様々な代謝は起きていたはずです。色んな大きさのミセルの中で化学物質は様々な反応を起こしていました。家に例えるなら、大昔、誰かがその辺に落ちている材料で家を建てていたとします。設計図が無ければ、いつもその場限りの作りで、上手くいったり失敗したりの繰り返しになりますが、最高に上手く作れた時の家を、設計図に残していれば、次に作る時には当初の苦労をせずに、設計図通り同じ家を作る事が出来ます。さらに労力をかけずに良い家を作れるようになると、少しの工夫をプラスするだけで、さらに改善された家を作る事が出来ます。このやり方で改善を繰り返す事が出来れば、100回目にもなれば最初の家からは想像もつかないほどの立派な家が出来るでしょう。

生命体である細胞の場合も原理は一緒です。自分と同じ子孫を残す事、更に環境の変化に適応して進化出来る事、細胞内の様々な反応を統合して、この二つの事が出来るようになったシステムが生命体として意識を獲得し活動を始めたのでしょう。生命が進化するにはこの二つのシステムは必須です。おそらく最初の生命は、外部に沢山あり簡単に手に入る数種類のアミノ酸を使ってこの事を実現したのでしょう。

最初の生命は、細胞に取り入れた数種類のアミノ酸を重合させて酵素反応を繰り返し細胞に必要な物質をどんどん作っていったのでしょう(生物進化のGADVアミノ酸仮説)。設計図の遺伝物質もこの頃はタンパク質が担っていたと考えられます。

やがて細胞内にRNAの材料となる塩基や五炭糖のリボースが増えてゆき、情報をより安定して保てるRNAが遺伝情報の担い手となり、酵素としての機能が非常に優れているタンパク質は酵素としての役割や構造維持の役割に徹して、RNAはリボザイムとして酵素の役割と遺伝情報を担う遺伝子として、生命体は一段と効率よく増える事が出来るようになってきます。

遺伝情報としてのRNAは部品であるヌクレオチド(塩基、5単糖リボース、リン酸、の化合物)を構成するリボースのOH基が他の物質と反応性が高く変異や分解が起こりやすいため、OH基が一つ少ないデオキシリボースを部品として持つヌクレオチドを重合させてDNAをつくり、DNAに遺伝情報を担わせる事になります。これにより現在地球上で生きている生物の基本的な仕組みが完成しました。

DNAを生物全体の設計図である遺伝子として、必要に応じて部分的に短いRNAに写し取り、細胞核の外に有るタンパク質合成工場であるリボゾームに持ち込み必要なタンパク質を合成する。この仕組み(セントラルドグマ)が出来てから生命はより良い情報を安定的に保つ事が出来るようになり、より効率よく進化が促進されました。

 

DNAとRNAの違い

 

複雑化はどのようにして起きたのか

 

私は、医学と生物学を学び始めて早38年になります。人体の事を追求して学んでいくと、人体と言う存在が、信じがたいほど精巧で上手く深く作られているものだと感心させられます。また、その人体を構成している細胞は約37兆個ありますが、その一個である100分の1ミリ程の細胞の中で行われている生きる為の営みは、さらに複雑なように見えます。

今の医学、生物学、物理学、工学、の技術をどんなに駆使しても細胞の働きの一部分しか解明できていません。DNAの全塩基配列が解読されたのが十六年前、細胞外の様々な情報を受け取る膜受容体は、一つの細胞に百万を超える数は有るでしょう。また細胞内には約5万から10万種類、数十億個のタンパク質が有ります。この多くは化学反応を触媒する酵素と考えられます。これらが相互に反応しあって生きるという目的のために統一的に働いていますが、部品一つ一つがあまりにも小さすぎる為に、現在の科学では、この一部を解明するのがようやくと言うところです。

これ程までに高度で複雑な存在をただ単なる偶然の積み重ねのような自然と言うものが作り出せるのでしょうか。私は、38年間この疑問を解いてみたい目的もあって医学生物学を学んできました。

古来より人類は生命体があまりにも良く出来ている為に、全知全能の神が作ったと考えていたようです。しかし私は、今の科学をもって解明に挑むならば、完全とは言わずとも概略は説明出来るのではないかと考えています。

現代の社会に存在する人類が作り出した様々な技術製品でも、私の目から見たら信じられない程精密で、機能も素晴らしく、全知全能の神様が作られたのではないかと思えるような物ばかりです。最先端の乗用車、パソコン、スマホ、スーパーコンピューター、ロケット、宇宙ステーション、どれか一つでも、あなたは構造を理解し説明できるものが有るでしょうか。おそらく相当の知識を持った科学者でも一人の科学者では一部の説明しかできないはずです。

この事は生命の進化と、人類の技術の進化が同じようなプロセスで進んできたことで説明できそうです。

最先端の乗用車、最先端のスーパーコンピューター、これが出来るのにどのぐらいの時間がかかっているのでしょう。自動車工場では乗用車一台数時間、スーパーコンピューターで数年でしょうか。残念ながら簡単にそうとは言えません。人類が猿と別れて進化し始めたのが600万年前、その後まもなく道具を使いだしたとすれば500万年以上の道具と文化の進化が有って、現代の驚異的に高性能な機械が生み出せているのです。

現在できているスーパーコンピューターと石を道具として使いだした人類と、どちらが賢いのでしょうか。答えは同じです。一世代がやる事は、現在持っている技術に、少しだけ進歩させた新しい技術を上乗せする、それだけでいいのです。後はその技術を次の世代に上手く伝える事です。それを上手く積み重ねれば、最後には驚異的なものを生み出せるのです。

残念ながら人類は初期の頃は、記録に残すという手段が有りませんでしたので、見様見真似か口伝え程度でした。この方法では伝える情報も限られていて正確に伝える事も難しかったはずです。その為、文化技術も数万年の間はそれほどの発展は出来ませんでした。その後1万2千年ほど前から農業を始め定住しだしてからは文字と言う正確に技術文化を伝える手段を確立しました。農業と定住生活は食料の安定供給を可能にして多くの集団で暮らす事が可能になりました。技術文化の発展進化は大きな集団の中でしか起きません。

大きな集団は、一人一人が生活のすべてをこなすよりも、社会を作り役割分担をした方がすべての効率が良くなります。多くの動物も多くの個体で生活する場合には、ある程度の役割分担をして簡単な社会を作って生活しています。シロアリなども女王アリ、王様アリ、兵隊アリ、働きアリと、しっかり仕事の分担をしています。

人の社会の場合、集団化し仕事が分担されると一つ一つの仕事が磨かれて、より高度なものになってきます。その高度になった技術は文字などにより社会の多くの人に伝えられてそれを基に、ほかの技術が影響を受けて、更に発展して相互作用しあい全ての技術の進歩に役立ってきます。その事が積み重ねられれば社会を作って1万4千年でスーパーコンピューターまで生み出せるようになります。しかし、集団化出来なかった部族はいまだにジャングルで槍を持って狩猟採集民として生活しています。

文化の驚異的な発展は、集団化と技術情報の文字による保存と共有化、そして各世代における、少しだけの発明の上乗せ、これだけで十分です。一人で難しい事を全部やる必要はありません、それまでの技術や文化をしっかりと学び、後は、人類が初めて石を掴んで硬いものを砕きだした時と同じようなレベルの発明を上乗せするだけで十分なのです。

生命と人類の進化も似たようなものです。最初の生命である1000分の1ミリにも満たない細菌が遺伝情報の保存と情報の部分的な変化を上乗せするシステムを獲得し、38億年かけてようやく貴方と言う存在が有るのです。決して十月十日で出来たのではありません。

分子進化で言えば、生命は地球が出来た45億年前から化学反応を繰り返し、分子進化が繰り返され、45億年の化学反応の果てに貴方として存在しているのです。いま世界に存在する生命体は人の作り出した機械の何十倍も素晴らしいものですが、原理は単純な自然に起こる反応の積み重ねです。それが生きる為と、より増殖する為の情報の保存と少しばかりの改変を繰り返す事で、45億年と言う悠久の進化の年月を得る事で全知全能の神にしか作れないような生物を作りだしたのです。

 

細菌の戦略

 

地球上に生まれた最初の生命体は細菌です。現在の地球にはたくさんの動物がいます。しかし、目には見えませんがその何倍もの細菌もいます。細菌は何故大型化と言う進化をしなかったのでしょうか。

細菌は、子孫を残すために出来るだけ増殖するという手段を選びました。細菌は自分自身で自由に移動する手段を持ちませんので、栄養物と温度条件が揃えば爆発的な増殖をして数を増やし、雨風などの自然条件で様々な場所に移動を繰り返して、生存のための条件が悪くなったり、悪い場所にたどり着いた個体は、絶滅して、栄養が豊富な場所にたどり着いた個体がまた、大増殖を繰り返すという手段をとりました。

もう一つの生存手段は、過酷な環境に置かれても代謝を素早く変化させて適応する力です。細菌はDNAに損傷が起こりやすく、その損傷の修復酵素の働きも弱い為に、突然変異が起こりやすく適応進化のスピードが速くなり、数多くの変種の細菌が生まれてきやすくなります。すると中には今までの細菌では生きられないような過酷な環境でも適応できる細菌も生まれてきます。一個体でも新環境に順応した個体が出来ますと、また栄養が有る限り増殖を繰り返して子孫を残そうとします。これは細菌が様々な環境の変化に対して自由自在に代謝を適応できる個体を生み出す能力が高いと言う事です。この能力で細菌は、地下5000メートルから、300度の水温の深海の熱水噴出孔から、強酸水の中から、南極の深い氷の中から地球上のありとあらゆる場所で生存する事が出来ています。地下にいる細菌だけでも総重量は地上の生物量を超すと言われています。

細菌は、短時間で出来るだけ増殖するために体を大きくせず、遺伝子も必要最低限の遺伝子だけにして、様々な環境に即座に適応できる個体を生み出せるように、遺伝子修復能力も発達させる事はありませんでした。

 

多細胞生物の戦略

 

細胞生物の始まりも最初は細菌でした。細菌もある程度の個体が集まりますと、お互いにコミュニケーションをとるようになります。

私の持論で、進化は弱いものから始まると言う事が有ります。多細胞生物の進化も、原始地球で起きた酸素濃度との関係で起きました。酸素は他の物質と反応性が高くこれは生物にとっては猛毒です。原始の地球には酸素はほとんど存在しませんでした。猛毒である酸素を生みだしたのも代謝を変えた細菌であるシアノバクテリアです。酸素が無い頃の海の水には二価鉄が大量に溶け込んでいました。シアノバクテリアが酸素を作り出した初期の海では、酸素が海水中でどんどん増えていっても、この二価鉄が三価鉄になり海の底に大量に沈殿するまでは酸素濃度は高まりませんでした。猛毒酸素が増えてくるのは、海底に莫大な鉄鋼床が出来てからです。

酸素が生物の環境に増えてきますと生物は大きく二つに分かれました。順応力が強い細菌は、細胞壁を強くしたり、酸素を上手く代謝して一個体で生き延びました。それが出来ずに一人で順応できない細菌は何個体かが集まって危機を乗り越えるしかありませんでした。

その戦略が上手くいったのが、古細菌の一種です。この古細菌は酸素の害を少しでも減らすために、四つの個体が一つになり大型化し柔らかく酸化しやすい細胞膜と酸素との接触を減らし、さらに、現在の細胞の中では酸素を消費しエネルギー物質ATPを作り出しているミトコンドリアとなっている真正細菌の一種αプロテオバクテリアを、細胞内に取り入れて、細胞に入ってくる猛毒酸素をどんどん減らせるようになり、共生関係を築くことに成功しました。

大型化した多細胞生物の祖先(真核生物)は細胞膜が柔らかい事で分子性の栄養物だけではなく、大きな他の細菌も飲み込み消化出来るようになりました。また大きなエネルギーを、酸素を利用して生み出せるミトコンドリアを得た事で、そのエネルギーで運動能力を大きく上げる事が出来るようにもなりました。現在、人の細胞一個の中には平均数千個のミトコンドリアが生息しています。ここから多細胞生物はより大きく、より運動能力が高いものが餌の獲得能力が高まり、生存に有利になり大型化と複雑化が進んで行く事に成ります。

 

多細胞生物を進化させる遺伝子DNAの仕組み

 

遺伝子には正確な情報伝達と一部ランダムな変化による新たな進化を創造すると言う、二つの機能が求められます。細胞分裂に於いてDNAが二倍に合成されますが、その時二本鎖DNAは一本一本に解かれながら、それぞれの一本に、新しいDNAを合成するDNAポリメラーゼ酵素が結合して、新DNAが合成されていきます。順調に合成を一方向に勧められるDNA鎖をリーディング鎖、もう一方の少し進んでは逆戻りしながら合成されていく方をラギング鎖と言います。

DNAの合成は、リーディング鎖の方は合成における間違いが少なく突然変異は起きにくくなりますが、もう一方のラギング鎖の方は合成のプロセスが複雑な為に突然変異が起こりやすくなります。このためリーディング鎖を受け取った個体は親とほぼ同じ遺伝子を受け継ぎ、ラギング鎖を受け取った個体は、より変異の多い個体になります。

有性生殖に於いては、精子や卵子などの配偶子を作る減数分裂の時に、遺伝子の相同組み換えが多くの部位で起こり、それぞれの配偶子は全て個性的な遺伝子を持つ事になります。また、これら配偶子が合体して一つの受精卵が出来る段階でも、人の場合23種類46本の遺伝子染色体がランダムに分配される仕組みが有り、ここでも更なる多様性が生まれるシステムになっています。

生命体は基本的に、いつでも完全に同じ個体は作らないようにしていて、少しでも多様性のある個体を作り出して、変化し続ける環境にどれかが生き残る為の戦略を立てているようです。

実際の生命体で行われている事は、これ以外にも、活性酸素や様々な化学物質による遺伝子変異や、ウイルス感染による遺伝子変異、動く遺伝子トランスホゾンによる変異等、遺伝子が変異する要因は多義にわたります。

 

遺伝子の変化は生存に有利か

 

遺伝子の変化は必ずしも生存に有利と言うわけではありません。生物を取り巻く環境が変化しなければ、多くの場合変化しない方が生存に有利です。なぜならほとんどの場合、その時点での生命体は、自然淘汰の中で生き残った最もその環境に適応したものだからです。生息環境が変化しない限り突然変異はほとんどの場合、生存に不利です。

オオカミと犬の祖先は一緒です。野生のオオカミは長い年月にわたって、どれも同じ型を保っています。犬の場合は様々な形の犬が人間によって飼われています。なぜ、オオカミはいろんな型がないのでしょうか。それは、オオカミの今の型こそが、そこの自然環境に順応しているベストの型ですから、突然変異のほとんどは生存に不利なものが多く、死んでいくからです。

それに対して犬の場合は人が飼って育てますので人の好みが犬にとっての環境となり、突然変異が起きても自然淘汰は起こりません。むしろいろんな突然変異により珍しい犬種が生まれた時の方が人は喜んで守り育てたようです。現在人間社会にはチワワからセントバーナードまで、様々な犬種がありますが、オオカミのいる自然環境で生存競争をしたら生き残れる犬はいないはずです。

遺伝子の変化が生存に有利となるのは環境の変化が起きた時です。この場合以前の環境での最強の生物が負けて、辺境である悪環境に追いやられていた弱者が進化を遂げて新環境での勝者になります。生物の進化はいつでも辺境に追いやられた弱者によって起きます。辺境に追いやられた生命体が遺伝子の突然変異を利用して、辺境の悪環境に順応して、やがて環境が変化し辺境の環境が全体に広がった時に、その生物は次の環境の最強生物になります。

環境の変化がなければ突然変異のほとんどは生存に不利で、突然変異が祖先遺伝子に残されるものは、その生物の生存に有利にも不利にもならない部位の遺伝子だけです。(分子進化のほぼ中立説)

 

昆虫の驚きの多様性

 

東南アジアやアマゾンのジャングルの中には様々な生き物が生息しています。中でも昆虫の擬態には特に驚かされる事が多くあります。木の皮と見分けがつかない昆虫、細い木の枝と見分けがつかない昆虫、緑の葉や枯れ葉と見分けがつかないような蝶々等々、本当にダーウィンの言う突然変異と自然淘汰だけでこんなに形態を変えて適応できるのだろうかと疑問に思う事が有ります。

進化にはただ単なる偶然の変異と自然淘汰以外にほかの要素が関わっているのではないか、そうでなければあまりにも見事なこの昆虫形態を説明できないのではないかと思い続けてきました。

 

どんなメカニズムで変異が出来るのでしょうか

 

現在の進化生物学の理論だけでは、納得できる説明は出来ません。ここは私の仮説を織り交ぜながら説明したいと思います。

大前提として、基本的に全ての生物は、生きようとする意志が有る、そのために何が必要なのかを判断する能力が有る。これは基本的に生物の原理として認めなければならない事だと思います。

進化の根本には偶然の突然変異だけではなく、生命体の根源的性質である意識も関わっている可能性が有る、と言う事です。そうでなければ、これ程の形態変化の謎は解けないと思っています。

ダーウィンの進化論だけでも人と昆虫を比べた時に、昆虫の突然変異のスピードを加味すれば、昆虫の多様性の変化を説明できそうな気はしますが、たとえば、人が次の世代を生み出すには25年ぐらい掛かるでしょうか。昆虫の場合には1年ぐらいでしょう。また、人の場合、一人の子を産みますが、昆虫の場合、一回に数百個の卵を産むものも多いです。それだけでも、人が25年で一回の変異に対して、昆虫は25×数百個になり、卵を百個生む昆虫でも変異の数は人に比べて2500倍になります。これだけの変異が起これば、一見昆虫の様々な変異を説明できそうですが、それだけでは、あまりにも見事な昆虫の姿を説明するには不十分だと思われます。生命には偶然だけではなく生命体としての意思と志向性を変異に組み込む仕組みがなければ十分な納得が出来ない人も多いのではないでしょうか。

現在の遺伝学では生命体としての意思と志向は遺伝と関係しない物と考えられています。生命が基本的に生きるための意思を持った存在である以上何かのメカニズムで進化に志向性を与えているはずです。

人を含めて動物はよく使う体の部分が発達してきます。これは遺伝子が変異した為ではなく、よく使う部分の遺伝子が絶えず活性化状態に置かれる為に起こります。この一世代による進化も決して小さなものではありません。

人の場合でも形態変化は、よく使われた部位で起きてきます。スポーツ選手はそれぞれのスポーツごとに体形が決まってきます、マラソン選手の中に、ボディビルダーや相撲取りのような人はいません。一世代での形態変化を進化と呼ぶならば進化は一世代でも起きると言えます。

そのプロセスは、脳が何かを実現しようとして、その信号が体細胞に伝わり、その要求に合った細胞の遺伝子が活性化されて働きだし、細胞の変化が起きてきます。生命体の中では意思が働き、遺伝子がそれを実現させるべく働いています。

こうして親が一代で獲得した形質、例えばトレーニングにより走るのが速くなった等、は遺伝するのでしょうか。このような獲得形質が簡単にDNAを変化させて遺伝するのであれば、生命体がわざわざ突然変異による多くの多様性を作るように出来ている意味は無いような気がします。

未解明の部分を含めて、現在の遺伝学で考えるならば、絶えず活性化されている遺伝子部分はユーロクロマチンの状態にあり、いつも活性化されなかった遺伝子部分はヘテロクロマチンの状態になっています。このエピジェネティクスによる遺伝子調節の状態は、子孫の遺伝子にも、ある程度残される事が分ってきました。もちろん獲得形質のほとんどのものは一世代限りで、どのような選択メカニズムが有るかは完全には解っていませんが、一部の獲得形質はエピジェネティクスにより次の世代に伝わるようです。この研究が正しければ進化は生物にとって都合の良い突然変異が起こりやすいと言う事も言えます。

 

遺伝子のエピジェネティクスによる調節とは

 

遺伝子の、エピジェネティクスによる発現調節を簡単に説明しますと、ジェネティクスは遺伝子DNAによる遺伝学の事です。それに対してエピジェネティクスは遺伝子DNA以外の働きによる遺伝学の事です。

30億塩基対あるDNA遺伝子の帯はヒストンタンパク質と言う糸巻きに1.7回ぐらいずつ巻かれて沢山の数珠繋ぎになっています。一個のヒストンタンパク質にDNAが巻き付いたものをヌクレオソームと呼びます。そのヌクレオソームが数個つながった構造をクロマチンと呼びます。そのヒストンタンパク質にアセチル基が結合しますと糸巻きヒストンからDNAの帯が緩み遺伝子の転写が活性化出来るようになります。この状態をユーロクロマチンと呼びます。

また、使われない状態のDNAのヒストンタンパク質はメチル基が結合してヘテロクロマチンとなりDNAがヒストンタンパク質に、よりきつく巻き付く事になります、この状態の遺伝子は、転写活性化できない状態になります。

このように遺伝子に変化が無くても、DNAやヒストンタンパク質にメチル基が付いたりアセチル基が付く事で遺伝子発現がコントロールされます。このDNAやヒストンタンパク質の、メチル基や、アセチル基による遺伝子発現の調節の事をエピジェネティクスと言います。(詳しくはDNAとエピジェネティクスの専門書をご覧ください)

最新の研究では親の代で獲得した形質の一部がエピジェネティクスとして配偶子に伝わり、通常は配偶子が出来る段階と受精卵の段階でエピジェネティクスのすべてが解除されるのですが、一部のエピジェネティクスは、再プログラムされて残る事が分ってきました。

そうすると親の代で努力し獲得した能力の一部はDNAの変化は伴わずにエピジェネティクスにより伝えられる可能性が出てきました。もしこの事が完全に証明されますと、獲得形質の遺伝が世界で初めて証明できた事になり、ランダムではない方向性を持った遺伝子変異を証明できるかもしれません。

 

獲得形質は遺伝できるのか

 

私はここにユーロクロマチンとヘテロクロマチンの性質を応用すれば、次に起こるDNAの変異まで説明できると思っています。活性化されているユーロクロマチンは、ヒストンタンパクから緩んでいて、DNAが様々な物質の攻撃を受けやすく遺伝子の突然変異を起こしやすい、逆にヘテロクロマチン化されているDNAは変異物質の攻撃を受けにくく突然変異しにくいとも言えます。もしこの理論が正しければ、親の代で得られた形質は、遺伝子DNAは変化しなくてもエピジェネティクスにより子に伝わり、その部分の遺伝子が変異しやすくなり、変異自体はランダムに起こるのですが、より有利な遺伝子DNAを生み出しやすくなり、後は自然選択によりDNAの変異を伴った進化が起こる事になります。

この理論をもってすれば、使っている所ほどより早く進化できる仕組みを説明できそうです。

 

細胞の中でDNAやタンパク質は何をしているのでしょうか

 

この疑問に答えるにも、大前提として、基本的に全ての生命は生きようとしている、その為に何が必要かを判断する能力が有る。この性質は基本的に存在する事を前提としなければ生命活動は理解できないでしょう。

DNAは、よく生命の設計図と呼ばれますが、普段我々が目にする家や機械の設計図とは全く別物です。家の設計図は、それを見ただけでどんな形の家が出来るのか一瞬にして理解できますが、DNAの場合はアデニン、グアニン、シトシン、チミンの塩基が帯状に30億並んだものです。これだけ見ても、どのような形体が出来るのかを知ることは全く出来ません。

DNAの帯は、塩基三個の並びで一つのアミノ酸が指定されていて、人体を作る20種類のアミノ酸をつなげて、体に必要なたんぱく質を作る為に、アミノ酸が繋がる順番をDNAの配列は指定しています。

30億塩基対で約2万3千のタンパク質を作るための遺伝子が有ります。しかし、人体細胞の場合、DNAを上手く使う事により約10万種類のタンパク質を生み出せる事が分っています。それでも遺伝子として使われているのは、DNAの塩基配列の僅か2パーセントにすぎません。つい最近まで、98パーセントのDNAは意味のないジャンクDNAと呼ばれていましたが、最近の研究技術の進歩により遺伝子以外の多くの配列に、それぞれの役割が有る事が分って来ました。その働きの多くは、遺伝子発現の調節に関わっています。

人体は約37兆個の細胞が統一され整合性を保った働きをしていますが、この事はよく考えてみると不思議なくらい驚異的なシステムです。

情報伝達の相互作用が余程上手くゆかないと、37兆個の細胞が統一性の有る動きをする事は出来ません。この驚異的な働きの根本に有るのが、一個一個の細胞に有る遺伝子を働かせて、どの様なタイミングでどんなタンパク質を作り個々の細胞がどんな働きをすれば良いかと言う、遺伝子発現の複雑な調整です。そのようにして遺伝子はタンパク質を細胞の状況に合わせて作り出しています。

遺伝子を見てもどんな形体の生物が生まれるのかは、全くわかりません。わかるのはどんなタンパク質が合成されるかだけです。

最初に述べたように、生命は基本的な性質と能力として、生きるために必要な事を判断でき、その時に一番必要なタンパク質を作り出すと言う事です。

例えば、最初ナメクジのような生物でも体の一部を手のように使いたいと思い、頑張って使っていると、その部位の細胞のタンパク質合成が促進され出っ張ってきます。これが何世代にも渡り繰り返されると、エピジェネティクスと突然変異により、DNAにも新たな遺伝子が出来てきます。そうなれば、効率よく使える手のようなものが出来てくるはずです。さらに効率よく進化すれば、指先で物をつかむのに都合の良い硬いタンパク質が作られ爪が出来て来るはずです。生命体は種によらず、同じような目的で、同じような使い方をすれば同じような形体変化を起こしてきます。

自然界でもモグラは、ネズミのような小動物が地中生活に順応して土をかき分けてトンネルを掘り続ける生活をしているうちに、手が独特の進化を遂げて大きな爪付きのスコップのような手になっています。これと同じような変化が昆虫の場合にも見られます。ほとんど地中で生活するオケラはモグラと同じようにトンネルを掘り続ける生活をしています。このオケラの手も昆虫なのにモグラとほぼ似た形をしています。このことは生命体であれば哺乳類や昆虫類を問わず必要が有れば同じ形体を作り出す能力が有る事を示しています。

 

ミクロの細胞を覗いたら何が見えるのか

 

この細胞の働きを拡大してみますと、我々が物を作る時からは全く想像もできない光景が見られます。

細胞膜は絶えず伸びたり縮んだり歪んだり、モノを飲み込んだり放出したり動き続けています。細胞内でも小さな粒々が沢山動き続けています。DNAの帯も生き物のように伸びたり縮んだり切れたり繋がったり目まぐるしく動き続けています。細胞レベルで見ると静止しているものは何一つもありません。この中で統合された生命の働きが整然と起きている事を考えるとますます生命の不思議さを実感します。

これは、生命は人の作る機械とは全く別なメカニズムで成り立っている事を示しています。細胞一個はあまりにも小さく部品一つ一つが原子分子レベルの為に、静止しているものはどれ一つ無く、激しく運動し、量子レベルの揺らぎも起きています。

このため、生命体は細胞の内部に至るまでメカニックシステムではなく、原子分子レベルの一つの生態系のような事が起きています。

生態系とは、様々な生物が互いに相互影響しながら一つの秩序を保っていると言う事です。細胞の中では外からの刺激により、また内部からの必要性により、様々なタンパク質が適当な数作られて、必要な分だけ使われ、多かった分はどんどん分解される。また、作られるタンパク質も精密正確に作られるのではなく、粗製乱造的なところが有り、作られたタンパク質のうち使えるものが3割程度で後は全て不良品と言うタンパク質もあります。このように適当に作りその中でたまたま上手く出来たものを使い、使われなかった物や不良品は、後は全て分解して原材料に戻すというやり方をしています。

この事は、一見非常に効率が悪いようですが、実はそうでもないのです。正確精密なものを作るには製造装置が大きく複雑なものになる為に、小さな細胞にとっては大きな負担になるのです。それよりもミトコンドリアにより酸素を消費して莫大なエネルギーを作れるようになった細胞は、作ったり壊したりのエネルギーを作り出す事に対しては、細胞にとって何の苦労も無くなったのです。エネルギーが足りなければ、細胞は何もしなくても、ミトコンドリアが栄養さえあれば自動的に増殖して、細胞にとって必要なエネルギーを作り出してくれます。この事で細胞は、様々な物質を粗製乱造の自然が作り出す、コンパクトで単純な装置で済むようになったのです。

細胞内では活発に様々なタンパク質などの物質が作られ、それらの物質が相互作用しあい、その時点での最適なタンパク質を中心とした化学物質が選択されて反応に参加し、参加出来なかった物は原材料に分解されリサイクルされます。この過程が、大自然の生態系で行われている自然淘汰と似ています。

自然の中でも草食獣や、肉食獣、それ以外の生物もみな食べたり食べられたりの繰り返しをしていますが、環境が変化しない限り、それぞれの生物が生存競争の中で、自然に増えたり減ったりしながらも、長い年月の間では、平衡を保っています。ただし、生息環境が変化すれば生態系で選択される生物の種類も変わってきます。

細胞内でも最適なタンパク質が選択されますが、細胞内環境が変化した時には不良品とされたタンパク質が選択され相互作用にかかわってくる可能性があるのです。その意味では生命は細胞内でも正確に同じタンパク質を生み出すのではなく環境の変化に対応する為にも粗製乱造の単純な装置で多様性のあるタンパク質を生み出している可能性が有ります。

その意味では細胞内で起きている事は機械的なものではなく、小さな生態系と捉えるべきものです。

 

進化とはなんだ

 

進化とは、細胞性生物でも同じですが、多細胞生物に於いても、生息環境はいつどんな変化をするか予想もつきません。現状での環境に最適化する選択と、変化する環境について行く為に、多くの無駄になる事はあっても、個体の多様化を敢えて作り出す仕組みを、生物は永遠の生存と繁栄のために作り出したと言えます。

この仕組みは、人の免疫系の働く仕組みでも見事に表れています。人が細菌やウイルスに対して免疫を作る場合に一つのリンパ球は一つの敵にしか対応出来ない為に、ランダムに一千億を超える種類の免疫細胞を絶えず生み出しますが、そのほとんどのリンパ球細胞は、敵と出会う事無く短期間に死滅してゆきます。僅かの種類のリンパ球だけが細菌やウイルスに出会い、活性化されて、最適化される遺伝子変化を繰り返して増殖し体を守ってくれます。

この時にも、いつどんな敵が攻めて来るかは想像も出来ませんので、エネルギーを散々使って、無駄になるかもしれない多くの種類のリンパ球を作り出し、その時に適応できた僅かな数の適者だけを生き残らせ、適応できなかったリンパ球は分解して原材料に戻してリサイクルすると言う、適者生存が起きています。

生命の進化の基本原理はこの膨大な無駄のような突然変異と、適者生存が様々なレベルで貫かれています。

この原理が有るからこそ、自然は単純な化学反応の積み重ねと、不完全で単純な量子レベルの影響が出せるタンパク質を中心とした装置で、進化できる生命体と言うものを産みだせたのでしょう。

 

おわりに

 

2020年8月9日、今日も真夏の、うだるような暑さの中で、しかし、不快ではなく、午前8時から、11時30分まで、宮ケ瀬ダムの湖畔の東屋で、うるさいけど静かな、沢山の虫の音と鳥の声を聴きながら書き終わりました。

今日も数匹の名も知らない虫がパソコンの上に訪れ去っていきました。生物進化に関心が有り疑問をお持ちの方に、少しでも参考になってくれればうれしいです。


関連する記事

著作権

当サイトの内容、画像、テキストの無断転載・複製を固く禁じます。 Unauthorized copying and replication of the contents are strictly prohibited.

記事一覧

カテゴリー

ブログ内検索

mobile

qrcode